お知らせ

北勢病院homeお知らせ 〉 トラウマ・インフォームド・ケア / マインドコントロール / 児童虐待 / 性加害 / 複雑性PTSD - 副院長より

  • 2025.01.16

トラウマ・インフォームド・ケア / マインドコントロール / 児童虐待 / 性加害 / 複雑性PTSD - 副院長より

 皆さん、おはようございます。副院長の森豊和です。今回は、本来であれば300ページは費やさないといけない内容を、わずか6400字、原稿用紙16枚分でまとめています。でも基礎知識のある方なら難なく読めるよう工夫したつもりです。

 この数年、カルト宗教、TV局や芸能界などで、強者から弱者への強要、具体的には高額の寄付、児童虐待、性加害といった問題が取り沙汰され続けています。

 こういった事件では、多くの場合、立場の違いを利用したマインド・コントロールが行使されています。その被害者の回復のためにカウンセリングや様々な精神療法の技法が用いられます。

 カウンセリングもマインド・コントロールも心に影響を与えますが方向はまったく逆です。

 カウンセリングでは、その人の話を傾聴し見守ります。うるさく指示はしません。「あなたがどうやって変わっていくか、私には想像もつかない」という態度。意思決定は、友人、家族にも相談してもらいます。本人の主体性を引き出し、様々な人から意見をもらい、選択肢を増やすためです。

 マインド・コントロールでは、「私の言う通りにすれば大丈夫」と指示。「あなたの友人たちはみんな君の悪口を言っていたよ。僕だけは味方。あなたのために言っているんだよ」と伝えます。みんなが敵だと錯覚させ、不安をあおり孤立化させ、選択肢を狭めます。「あなたのために言っている」とは、すなわち、「お前の考えはすべて間違っている」ということです。

 これから看護師になる皆さん、上に書いたマインド・コントロールの基本をよく覚えておいてください。これを使う人は、最初はいかにも優しそうに言ってくるので惑わされないでください。
 
 万が一、これから述べるような危機的状況に立たされたら、親しい友人や同僚、家族に必ず相談してください。そのうえで、少しでも迷ったら最初の段階で誘いを拒否してください。看護師資格を持っていれば働けるところは他にもあります。仕事をクビになってもかまわないつもりで挑んでください。そうしたら案外なんとかなるものです。


 以下の内容は、NHK「危険なささやき」(2023年9月23日放送)、Steven Hassan 「マインド・コントロールの恐怖」(恒友出版)、紀藤正樹「マインド・コントロール」(アスコム)、岡田尊司「マインド・コントロール」(文芸春秋)等を参考に、職場で起こりうる典型的なパターンを描いています。医療者向けに書いていますので、内容にショックを受けそうな方は、ここから先は読むのをお控えください。



 新卒で就職したばかりで、何もわからない看護師の女性Aさんは不安でいっぱい。無意識に頼れる指導者を求めていました。職場で決められた直属の40代男性上司Bは、若い女性が大好きでした。

 上司Bは、ガチガチに緊張したAさんを「君は若くて可愛いよ」とほめまくり、しだいに個人的問題を聞き出していこうとします。Aさんは上司Bしか教わる相手がいないから容易です。

 今まで何もかも親の言いなりで決めてきた。親しい友人や恋人もできなかった。自分は変わらないといけないと考えている。そういったAさんの劣等感はBに筒抜けです。親兄弟、友人との繋がりが希薄で世間知らずな人が性加害者のターゲットになりやすいのです。

 「あなたは今、人生の転換期にある(カルト宗教の殺し文句)」「有名人の来る店を知ってる。来週がチャンス」「上司と旅行に行くのは普通だよ?」
 親切な上司を装って、Bは教育によってしだいにAの認識を変えていきます。そのうえ仕事が何もわからない状況では、仕事を教えてくれる上司を理想の異性のように錯覚してしまうかもしれません。ましてやAさんが仕事で失敗しがちで混乱しやすい人だったら? 

 担当患者が亡くなったりといった、人生で最も不安な状況で優しく教えてくれる上司が旅行に誘い、一回り以上年上の既婚者の信頼できる上司が、「遅くなったから泊まろう」と言われたら拒否できるでしょうか。ちなみにBはAの飲み物に睡眠薬を混ぜました。

 一度、関係を結んでしまえば、飴は要りません。とたんに雑に扱います。「俺に愛してくれって頼むのはメンヘラの証拠」「妊娠したら堕してよ」「女性は感情的な生き物だから男より下」など手のひらを返した言動を続けます。いったん優しさに依存させておいて、その優しさを急に与えなくすることで不安に突き落とし、離れなくさせるのです。

 しかもAさんは最初に可愛いと言われて、ほとんど催眠状態で、既婚者の上司Bと関係を結んでしまった事実から抜け出せません。初めて自分で決めた(と思いこまされている)決定を、後で間違いだったとは思いたくない心理も働きます。「もしかしたらもう一度優しくしてくれるかもしれない」、すがってしまうのです。

Aさんの心理を説明する上で、ロバート・B・チャルディーニ「影響力の武器」より、人を操る6つの原理を紹介しておきます。

①「返報性」何かしてもらったらお返ししないといけない
②「一貫性」自分で決めて継続してきたことを後から今さら変更できない
③「社会的証明」周囲の人が認めているものを自分も信じたくなる
④「好意」自分が好意を抱いている人からの頼みは断りにくい
⑤「権威」TVCMをしている有名な会社の商品を高くても信頼して買う心理
⑥「希少性」今買わないと売り切れる!珍しいと言われると買いたくなる

上司Bはこの6つの原理をうまく使っていることに着目ください。


 話を戻します。仕事において、上司BはAさんに「君は悪くない」、「何も考えなくていい」、「みんなは君を心配して注意してるんじゃない。若さに嫉妬してるんだ。みんなAさんの悪口を言ってるよ!」と教え込みます。

 とても巧妙でずるい方法です。本来ならAさんを助けてくれるはずの同僚や他の上司にも、これで相談できなくなります。他人と相談できないから、誤った考えが修正されません。周囲からの隔離(Isolation)がマインド・コントロールのキモです。正しい情報を与えない。

 仕事の能力は上がらないが、Aさんは自分で判断しなくていいから楽なので、そのままずるずる関係を続けます。最初のうちだけ優しくしてくれましたが、すぐに、ひたすら性行為のために連れ出されるようになります。そのころにはBに完全に依存する状態になっており、Aさんは思考停止しています。こういった状態はこだわりの強い自閉スペクトラム近縁の人が特に陥りやすいですが、知能に関わらず誰でも陥る可能性があります。


 マインドコントロール下にあっても、真実のAさんが消えてなくなったわけではありません。白馬の王子様が自分を連れ出してくれると夢見ていた真実のAさんは、無意識に押し込められて泣き叫んでいます。これは解離です。

 その影響で現実のAさんは仕事中に、別の優しい上司に突然、怒りだしたり、泣き叫んだりするようになります。これは過覚醒です。

 奴隷のような状態が長年続いているのですから自己価値は低下し、得体のしれない悪夢が続きます。「死にたい」、「殺してほしい」とつぶやくようになります。性加害による複雑性PTSDで、一見するとパーソナリティ障害にみえます。

 マインド・コントロール下の複雑性PTSDでは、PTSDの主要症状である、再体験(侵入)や回避は目立ちません。自分が被害に遭っていることをしっかり認識できていないのだから当然といえば当然です。

 なお、上司Bは若い女性をだますのが好きなだけなので、25歳を境に興味をなくし、捨てます。Aさんは最悪、自殺します。なお、なぜ上司Bはやりたい放題できるかというと、多くの場合、部署を統括する上司と仲良くして、黙認させているからです。


 児童精神科の先生がたと話していて、一番中心となる話題は、こういった地獄から、自殺からなんとしてでも救い出さなければならないということです。では、こういったマインド・コントロールをどうやって解けばいいのでしょうか。


 一見、うつ病、躁うつ病、不安症、パーソナリティー障害に見える場合に、マインド・コントールの影響による気分変動や過覚醒、悪夢をまずは疑わないといけません。薬物治療が不自然なくらいに効かないことも重要なサインです。

 現在、人間関係や仕事などでつらいことはないか?など聞いていき、その話の中のかすかな矛盾に敏感になってください。そうやってAさんとの信頼関係を築きながら、彼女が別の道に気づくよう導きます。

 優しい、頼りになる上司(これはカルト宗教の教祖やTV局のプロデューサーでも同様)で、こんなに親切にしてくれた!という話も、ひとまずは黙って聞き、理解を示します。Aさんが今まで仕事を続けてこられたのは確かに上司Bのおかげなのですし、孤独なAさんの気持ちを一時的にでも救ったのも確かなのですから。

 「いっときでも上司Bは自分のことを分かってくれた」という気持ちがあり、Aさんに親しい友人や仲間がいないかぎり、今現在どんなに酷い扱いを受けていても、そこから抜け出すことは容易ではありません。実際には最初から利用されているだけだったとしても。

 ですので、支援者は上司Bの行為を否定するのではなく、Aさんが惹かれていった経緯や、その気持ちを共感的に受け止める必要があります。そうでないとAさんは自分の信じていた存在(上司B)を守ろうとして防衛的になってしまいます。「私は彼を愛していた!」と言い続けるかもしれない。支援者が共感的だが中立の姿勢を保つことによって、Aさんは安心してありのままの事実を語ることができるようになります。しだいに違和感や矛盾、自分の中に二つの気持ちがあることに気づきます。

 Bを信じていた気持ちと、Bに騙されていたのではないかという気持ちの両方を語ってもらいます。その過程で、自分が依存していたもの、支配されていたものについて、Aさんは少しずつ自覚していきます。そうしてAさんが自分の本来の感情、真実のAさんにもう一度出会えるのを見守っていきます。



 さらに補足として
 以下は、性加害によって生じる解離症、複雑性PTSDのトラウマ・インフォームド・ケアについての要点をまとめたものです。


愛着障害、トラウマの積み重ねから、複雑性PTSDに至ることがあります。

被害を受けたときの感覚(匂い、音、風景)の記憶
それらが冷凍保存され、解離性人格となってしまう。
→ 5年、10年経ってフラッシュバック(まるで今起きているかのように)
苛々、落ち着かない、集中できない パニック → 双極性障害、発達障害(ADHD)と誤診

支援者は、被害を打ち明けられたら、「伝えてくれてありがとう」とほめます
「あなたは悪くない」「恥ずかしくない」
(一見、平静でも、合理的に考えられるより大きな恐怖感がある)
親自身もつらいが、そういった姿を見せると、子どもは何も言えなくなります
子どもの前では冷静を装ってワンストップセンターや病院など第3者に相談を
被害者には、話す困難、回避、加害者をかばうことも

慢性のうつ病、不安症、アルコール、薬物依存症の背景にトラウマ、複雑性PTSDが→「これはみなさんに確認していることで、違うかもしれませんが、こういった経験はありませんか」 もしかして?という視点を常に持ち、確認する習慣を!


ICD11診断基準
PTSDはトラウマの存在に加えて
再体験(侵入記憶、悪夢などのフラッシュバック)
回避(リマインダーの回避)
持続する脅威(過覚醒、驚愕反応、不安、抑うつなど)

長期にわたる反復性トラウマによる複雑性PTSDでは
自己組織化の障害(DSO disturbances in self-organization)を認める。
感情調節不全(苛々、落ち着かない、集中できない)
ネガティヴな自己概念(迷惑、生きる価値ない、死にたい、殺して)
対人関係上の困難

ADHD+双極性障害の誤診が多い
鑑別点 解離(フラッシュバック、体験の不連続)があるかどうか
繰り返す悪夢(追いかけられる)、叱られている時に「あくび」
周りにお化けの気配はない? (解離性幻聴)
物忘れが多くない? 昨日の最後の授業は/昨夜のご飯は

発達性トラウマ症は幼少期からの虐待の積み重ねで複雑性PTSDを呈する病態
養育者との愛着形成のなさは最大のリスク要因の一つ
人格の形成には鏡となる養育者が不可欠(いざというときの安全基地)
安全基地がない、守られていない人は、虐待者のターゲットになりやすい
虐待者は愛着障害の匂いを嗅ぐ
彼らもかつて被虐待者→虐待の連鎖を断ち切らなければならない!


DSM-5のA基準(トラウマへの暴露)は主観的な苦痛度では判断しない。
「危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受けるできごと」が対象。
虐め、パワハラ、セクハラ、離婚といったできごとではない。
ただし、PTSDの診断基準に該当しなくても、複雑性PTSDの臨床症状は出現しうる。

被害後、3か月間は症状の変動が激しい。多くの人は自然回復。
PTSDが慢性化すると、決して時間が解決しない
トラウマ体験があった可能性を念頭に置いて、成育歴、生活歴も聴取。
解離のため、本人が思い出せない。正確に認識できない場合も。
加害者と同居、ないし関係が続いている場合は、医療の前に法的保護。
差し迫った自殺の危険、自傷、過量服薬を防ぐ
→被害者は、自分が悪いと過剰に自責的になりやすい。
→あなたは悪くない。恥ずかしくないと繰り返し伝える。
「あのときそれ以外の選択肢はなかった、仕方なかった」
PTSD症状は誰にでも起こることを伝える(ノーマライゼーション)


性的虐待を受けた側の心理
親、お世話になっている先生、上司による性加害を受け入れないと生活が壊れる。
尊敬する大好きな相手からの突然の行為。加害者からの口止め。自分は無力。
自分は特別扱いされている? 秘密を抱え周囲をだましている後ろめたさ


歪んだ支配(BLIND)  杉山登志郎編著「子どもの診療科」より改変
Brainwash 誰もがしている(しなければならない)ことだと洗脳
Loss 母親や周囲の人が知ったら哀しむ。お前はすべてを失う
Isolation(孤立させる)他の親しい人との交流、情報を遮断
Not Awake 意識がはっきりしていない、落ち込んでいる時に始まりエスカレート
Death Fears 喋ったら殺す お前は無価値だ

性的虐待順応症候群
自分から虐待を受け入れてしまう。虐待者をかばう場合もある。
誰かに打ち明けても、心は揺れ動く。家族も否認(親/先生/上司がそんなことするわけないでしょ!)→ 親/先生/上司は間違っていない→自分が悪い
モラルの混乱→本当のことを言うのは悪く、嘘をつくのは良いこと

幼少期(ないし、知的、発達障害のある場合)は
何をされたかわからない。でも何かおかしい。
不快感(痛み、心理的苦痛)の一方で、特別扱いされる心地よさ→混乱、解離
何年もたってから、知識を得たり、成長段階のトリガーで、突然症状が!!
被害の後、数年たって症状が出現

性被害が及ぼす影響
トラウマの再演
性的なことを避ける 嫌悪感を抱く一方で、性行動が過剰になる場合も なぜ?
被害ではなかったと思いたい。
主体性を取り戻したい。上書きしたい。
自分は汚れてしまった 自暴自棄。傷つけたい。
「性的に見られることでしか他者に認められない」と感じる。
→再び被害に遭うが、周囲からはお前が悪いと言われてしまう!

保護者への心理教育
子どもは保護者の動揺を介して、自分の身に起きた出来事に気づく。
保護者の傷つきをケアしエンパワーすることで、子どもの回復を支える。
保護者自身に性被害の経験があることも
悲しみや怒りの気持ち「自分は誰にも助けてもらえなかった」
一方的に情報を与えるのではなく、保護者の気持ちを汲み取ることが大切

治療
薬物療法より、心理療法 TSプロトコール(トラウマ処方、チャンスEMDR+自我状態療法)
安全な状況下でトラウマを慎重に少しずつ扱う、そのための手法
一般的な精神療法だけでは、治療が深まっても解離(フラッシュバック)がすべて吹き飛ばして、最初から。悪夢のような堂々巡りが起きる→フロイトのいう反復強迫、タナトス(死)への衝動。

村上春樹も解離を常に扱っている。「ねじまき鳥クロニクル」「海辺のカフカ」において、人類史は、戦争とマインドコントロール、権力者(父)による虐待の連鎖

解離に対する心理教育(自我状態療法の要点)
解離(フラッシュバック、健忘、別人格)はトラウマに対する正常な対処反応
忘れたり、別人格を生み出すことで、主人格を守ってきた。必要なこと
積極的な人格統合は必要ない。全ての人格を尊重


介入のカギは、感情に触れること。
例えば、「加害者が当初は優しく見えたこと、信頼していたこと」
回避行動をしていることへの気づきを促すこと。
例えば、「加害者が、被害者の尊厳を踏みにじった」事実を避けている。
嫌なことは嫌と言えるように。嫌な感情を支援者と共有できること。
→眠っていた体の感覚がよみがえってくる。自分の心と体を自分でコントロールできるようにしていく。
 皆さん、おはようございます。副院長の森豊和です。今回は、本来であれば300ページは費やさないといけない内容を、わずか6400字、原稿用紙16枚分でまとめています。でも基礎知識のある方なら難なく読めるよう工夫したつもりです。

 この数年、カルト宗教、TV局や芸能界などで、強者から弱者への強要、具体的には高額の寄付、児童虐待、性加害といった問題が取り沙汰され続けています。

 こういった事件では、多くの場合、立場の違いを利用したマインド・コントロールが行使されています。その被害者の回復のためにカウンセリングや様々な精神療法の技法が用いられます。

 カウンセリングもマインド・コントロールも心に影響を与えますが方向はまったく逆です。

 カウンセリングでは、その人の話を傾聴し見守ります。うるさく指示はしません。「あなたがどうやって変わっていくか、私には想像もつかない」という態度。意思決定は、友人、家族にも相談してもらいます。本人の主体性を引き出し、様々な人から意見をもらい、選択肢を増やすためです。

 マインド・コントロールでは、「私の言う通りにすれば大丈夫」と指示。「あなたの友人たちはみんな君の悪口を言っていたよ。僕だけは味方。あなたのために言っているんだよ」と伝えます。みんなが敵だと錯覚させ、不安をあおり孤立化させ、選択肢を狭めます。「あなたのために言っている」とは、すなわち、「お前の考えはすべて間違っている」ということです。

 これから看護師になる皆さん、上に書いたマインド・コントロールの基本をよく覚えておいてください。これを使う人は、最初はいかにも優しそうに言ってくるので惑わされないでください。
 
 万が一、これから述べるような危機的状況に立たされたら、親しい友人や同僚、家族に必ず相談してください。そのうえで、少しでも迷ったら最初の段階で誘いを拒否してください。看護師資格を持っていれば働けるところは他にもあります。仕事をクビになってもかまわないつもりで挑んでください。そうしたら案外なんとかなるものです。


 以下の内容は、NHK「危険なささやき」(2023年9月23日放送)、Steven Hassan 「マインド・コントロールの恐怖」(恒友出版)、紀藤正樹「マインド・コントロール」(アスコム)、岡田尊司「マインド・コントロール」(文芸春秋)等を参考に、職場で起こりうる典型的なパターンを描いています。医療者向けに書いていますので、内容にショックを受けそうな方は、ここから先は読むのをお控えください。



 新卒で就職したばかりで、何もわからない看護師の女性Aさんは不安でいっぱい。無意識に頼れる指導者を求めていました。職場で決められた直属の40代男性上司Bは、若い女性が大好きでした。

 上司Bは、ガチガチに緊張したAさんを「君は若くて可愛いよ」とほめまくり、しだいに個人的問題を聞き出していこうとします。Aさんは上司Bしか教わる相手がいないから容易です。

 今まで何もかも親の言いなりで決めてきた。親しい友人や恋人もできなかった。自分は変わらないといけないと考えている。そういったAさんの劣等感はBに筒抜けです。親兄弟、友人との繋がりが希薄で世間知らずな人が性加害者のターゲットになりやすいのです。

 「あなたは今、人生の転換期にある(カルト宗教の殺し文句)」「有名人の来る店を知ってる。来週がチャンス」「上司と旅行に行くのは普通だよ?」
 親切な上司を装って、Bは教育によってしだいにAの認識を変えていきます。そのうえ仕事が何もわからない状況では、仕事を教えてくれる上司を理想の異性のように錯覚してしまうかもしれません。ましてやAさんが仕事で失敗しがちで混乱しやすい人だったら? 

 担当患者が亡くなったりといった、人生で最も不安な状況で優しく教えてくれる上司が旅行に誘い、一回り以上年上の既婚者の信頼できる上司が、「遅くなったから泊まろう」と言われたら拒否できるでしょうか。ちなみにBはAの飲み物に睡眠薬を混ぜました。

 一度、関係を結んでしまえば、飴は要りません。とたんに雑に扱います。「俺に愛してくれって頼むのはメンヘラの証拠」「妊娠したら堕してよ」「女性は感情的な生き物だから男より下」など手のひらを返した言動を続けます。いったん優しさに依存させておいて、その優しさを急に与えなくすることで不安に突き落とし、離れなくさせるのです。

 しかもAさんは最初に可愛いと言われて、ほとんど催眠状態で、既婚者の上司Bと関係を結んでしまった事実から抜け出せません。初めて自分で決めた(と思いこまされている)決定を、後で間違いだったとは思いたくない心理も働きます。「もしかしたらもう一度優しくしてくれるかもしれない」、すがってしまうのです。

Aさんの心理を説明する上で、ロバート・B・チャルディーニ「影響力の武器」より、人を操る6つの原理を紹介しておきます。

①「返報性」何かしてもらったらお返ししないといけない
②「一貫性」自分で決めて継続してきたことを後から今さら変更できない
③「社会的証明」周囲の人が認めているものを自分も信じたくなる
④「好意」自分が好意を抱いている人からの頼みは断りにくい
⑤「権威」TVCMをしている有名な会社の商品を高くても信頼して買う心理
⑥「希少性」今買わないと売り切れる!珍しいと言われると買いたくなる

上司Bはこの6つの原理をうまく使っていることに着目ください。


 話を戻します。仕事において、上司BはAさんに「君は悪くない」、「何も考えなくていい」、「みんなは君を心配して注意してるんじゃない。若さに嫉妬してるんだ。みんなAさんの悪口を言ってるよ!」と教え込みます。

 とても巧妙でずるい方法です。本来ならAさんを助けてくれるはずの同僚や他の上司にも、これで相談できなくなります。他人と相談できないから、誤った考えが修正されません。周囲からの隔離(Isolation)がマインド・コントロールのキモです。正しい情報を与えない。

 仕事の能力は上がらないが、Aさんは自分で判断しなくていいから楽なので、そのままずるずる関係を続けます。最初のうちだけ優しくしてくれましたが、すぐに、ひたすら性行為のために連れ出されるようになります。そのころにはBに完全に依存する状態になっており、Aさんは思考停止しています。こういった状態はこだわりの強い自閉スペクトラム近縁の人が特に陥りやすいですが、知能に関わらず誰でも陥る可能性があります。


 マインドコントロール下にあっても、真実のAさんが消えてなくなったわけではありません。白馬の王子様が自分を連れ出してくれると夢見ていた真実のAさんは、無意識に押し込められて泣き叫んでいます。これは解離です。

 その影響で現実のAさんは仕事中に、別の優しい上司に突然、怒りだしたり、泣き叫んだりするようになります。これは過覚醒です。

 奴隷のような状態が長年続いているのですから自己価値は低下し、得体のしれない悪夢が続きます。「死にたい」、「殺してほしい」とつぶやくようになります。性加害による複雑性PTSDで、一見するとパーソナリティ障害にみえます。

 マインド・コントロール下の複雑性PTSDでは、PTSDの主要症状である、再体験(侵入)や回避は目立ちません。自分が被害に遭っていることをしっかり認識できていないのだから当然といえば当然です。

 なお、上司Bは若い女性をだますのが好きなだけなので、25歳を境に興味をなくし、捨てます。Aさんは最悪、自殺します。なお、なぜ上司Bはやりたい放題できるかというと、多くの場合、部署を統括する上司と仲良くして、黙認させているからです。


 児童精神科の先生がたと話していて、一番中心となる話題は、こういった地獄から、自殺からなんとしてでも救い出さなければならないということです。では、こういったマインド・コントロールをどうやって解けばいいのでしょうか。


 一見、うつ病、躁うつ病、不安症、パーソナリティー障害に見える場合に、マインド・コントールの影響による気分変動や過覚醒、悪夢をまずは疑わないといけません。薬物治療が不自然なくらいに効かないことも重要なサインです。

 現在、人間関係や仕事などでつらいことはないか?など聞いていき、その話の中のかすかな矛盾に敏感になってください。そうやってAさんとの信頼関係を築きながら、彼女が別の道に気づくよう導きます。

 優しい、頼りになる上司(これはカルト宗教の教祖やTV局のプロデューサーでも同様)で、こんなに親切にしてくれた!という話も、ひとまずは黙って聞き、理解を示します。Aさんが今まで仕事を続けてこられたのは確かに上司Bのおかげなのですし、孤独なAさんの気持ちを一時的にでも救ったのも確かなのですから。

 「いっときでも上司Bは自分のことを分かってくれた」という気持ちがあり、Aさんに親しい友人や仲間がいないかぎり、今現在どんなに酷い扱いを受けていても、そこから抜け出すことは容易ではありません。実際には最初から利用されているだけだったとしても。

 ですので、支援者は上司Bの行為を否定するのではなく、Aさんが惹かれていった経緯や、その気持ちを共感的に受け止める必要があります。そうでないとAさんは自分の信じていた存在(上司B)を守ろうとして防衛的になってしまいます。「私は彼を愛していた!」と言い続けるかもしれない。支援者が共感的だが中立の姿勢を保つことによって、Aさんは安心してありのままの事実を語ることができるようになります。しだいに違和感や矛盾、自分の中に二つの気持ちがあることに気づきます。

 Bを信じていた気持ちと、Bに騙されていたのではないかという気持ちの両方を語ってもらいます。その過程で、自分が依存していたもの、支配されていたものについて、Aさんは少しずつ自覚していきます。そうしてAさんが自分の本来の感情、真実のAさんにもう一度出会えるのを見守っていきます。



 さらに補足として
 以下は、性加害によって生じる解離症、複雑性PTSDのトラウマ・インフォームド・ケアについての要点をまとめたものです。


愛着障害、トラウマの積み重ねから、複雑性PTSDに至ることがあります。

被害を受けたときの感覚(匂い、音、風景)の記憶
それらが冷凍保存され、解離性人格となってしまう。
→ 5年、10年経ってフラッシュバック(まるで今起きているかのように)
苛々、落ち着かない、集中できない パニック → 双極性障害、発達障害(ADHD)と誤診

支援者は、被害を打ち明けられたら、「伝えてくれてありがとう」とほめます
「あなたは悪くない」「恥ずかしくない」
(一見、平静でも、合理的に考えられるより大きな恐怖感がある)
親自身もつらいが、そういった姿を見せると、子どもは何も言えなくなります
子どもの前では冷静を装ってワンストップセンターや病院など第3者に相談を
被害者には、話す困難、回避、加害者をかばうことも

慢性のうつ病、不安症、アルコール、薬物依存症の背景にトラウマ、複雑性PTSDが→「これはみなさんに確認していることで、違うかもしれませんが、こういった経験はありませんか」 もしかして?という視点を常に持ち、確認する習慣を!


ICD11診断基準
PTSDはトラウマの存在に加えて
再体験(侵入記憶、悪夢などのフラッシュバック)
回避(リマインダーの回避)
持続する脅威(過覚醒、驚愕反応、不安、抑うつなど)

長期にわたる反復性トラウマによる複雑性PTSDでは
自己組織化の障害(DSO disturbances in self-organization)を認める。
感情調節不全(苛々、落ち着かない、集中できない)
ネガティヴな自己概念(迷惑、生きる価値ない、死にたい、殺して)
対人関係上の困難

ADHD+双極性障害の誤診が多い
鑑別点 解離(フラッシュバック、体験の不連続)があるかどうか
繰り返す悪夢(追いかけられる)、叱られている時に「あくび」
周りにお化けの気配はない? (解離性幻聴)
物忘れが多くない? 昨日の最後の授業は/昨夜のご飯は

発達性トラウマ症は幼少期からの虐待の積み重ねで複雑性PTSDを呈する病態
養育者との愛着形成のなさは最大のリスク要因の一つ
人格の形成には鏡となる養育者が不可欠(いざというときの安全基地)
安全基地がない、守られていない人は、虐待者のターゲットになりやすい
虐待者は愛着障害の匂いを嗅ぐ
彼らもかつて被虐待者→虐待の連鎖を断ち切らなければならない!


DSM-5のA基準(トラウマへの暴露)は主観的な苦痛度では判断しない。
「危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受けるできごと」が対象。
虐め、パワハラ、セクハラ、離婚といったできごとではない。
ただし、PTSDの診断基準に該当しなくても、複雑性PTSDの臨床症状は出現しうる。

被害後、3か月間は症状の変動が激しい。多くの人は自然回復。
PTSDが慢性化すると、決して時間が解決しない
トラウマ体験があった可能性を念頭に置いて、成育歴、生活歴も聴取。
解離のため、本人が思い出せない。正確に認識できない場合も。
加害者と同居、ないし関係が続いている場合は、医療の前に法的保護。
差し迫った自殺の危険、自傷、過量服薬を防ぐ
→被害者は、自分が悪いと過剰に自責的になりやすい。
→あなたは悪くない。恥ずかしくないと繰り返し伝える。
「あのときそれ以外の選択肢はなかった、仕方なかった」
PTSD症状は誰にでも起こることを伝える(ノーマライゼーション)


性的虐待を受けた側の心理
親、お世話になっている先生、上司による性加害を受け入れないと生活が壊れる。
尊敬する大好きな相手からの突然の行為。加害者からの口止め。自分は無力。
自分は特別扱いされている? 秘密を抱え周囲をだましている後ろめたさ


歪んだ支配(BLIND)  杉山登志郎編著「子どもの診療科」より改変
Brainwash 誰もがしている(しなければならない)ことだと洗脳
Loss 母親や周囲の人が知ったら哀しむ。お前はすべてを失う
Isolation(孤立させる)他の親しい人との交流、情報を遮断
Not Awake 意識がはっきりしていない、落ち込んでいる時に始まりエスカレート
Death Fears 喋ったら殺す お前は無価値だ

性的虐待順応症候群
自分から虐待を受け入れてしまう。虐待者をかばう場合もある。
誰かに打ち明けても、心は揺れ動く。家族も否認(親/先生/上司がそんなことするわけないでしょ!)→ 親/先生/上司は間違っていない→自分が悪い
モラルの混乱→本当のことを言うのは悪く、嘘をつくのは良いこと

幼少期(ないし、知的、発達障害のある場合)は
何をされたかわからない。でも何かおかしい。
不快感(痛み、心理的苦痛)の一方で、特別扱いされる心地よさ→混乱、解離
何年もたってから、知識を得たり、成長段階のトリガーで、突然症状が!!
被害の後、数年たって症状が出現

性被害が及ぼす影響
トラウマの再演
性的なことを避ける 嫌悪感を抱く一方で、性行動が過剰になる場合も なぜ?
被害ではなかったと思いたい。
主体性を取り戻したい。上書きしたい。
自分は汚れてしまった 自暴自棄。傷つけたい。
「性的に見られることでしか他者に認められない」と感じる。
→再び被害に遭うが、周囲からはお前が悪いと言われてしまう!

保護者への心理教育
子どもは保護者の動揺を介して、自分の身に起きた出来事に気づく。
保護者の傷つきをケアしエンパワーすることで、子どもの回復を支える。
保護者自身に性被害の経験があることも
悲しみや怒りの気持ち「自分は誰にも助けてもらえなかった」
一方的に情報を与えるのではなく、保護者の気持ちを汲み取ることが大切

治療
薬物療法より、心理療法 TSプロトコール(トラウマ処方、チャンスEMDR+自我状態療法)
安全な状況下でトラウマを慎重に少しずつ扱う、そのための手法
一般的な精神療法だけでは、治療が深まっても解離(フラッシュバック)がすべて吹き飛ばして、最初から。悪夢のような堂々巡りが起きる→フロイトのいう反復強迫、タナトス(死)への衝動。

村上春樹も解離を常に扱っている。「ねじまき鳥クロニクル」「海辺のカフカ」において、人類史は、戦争とマインドコントロール、権力者(父)による虐待の連鎖

解離に対する心理教育(自我状態療法の要点)
解離(フラッシュバック、健忘、別人格)はトラウマに対する正常な対処反応
忘れたり、別人格を生み出すことで、主人格を守ってきた。必要なこと
積極的な人格統合は必要ない。全ての人格を尊重


介入のカギは、感情に触れること。
例えば、「加害者が当初は優しく見えたこと、信頼していたこと」
回避行動をしていることへの気づきを促すこと。
例えば、「加害者が、被害者の尊厳を踏みにじった」事実を避けている。
嫌なことは嫌と言えるように。嫌な感情を支援者と共有できること。
→眠っていた体の感覚がよみがえってくる。自分の心と体を自分でコントロールできるようにしていく。