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北勢病院homeお知らせ 〉 市川沙央「ハンチバック」と純文学、SF、神話、民間伝承について - 副院長より19

  • 2023.09.12

市川沙央「ハンチバック」と純文学、SF、神話、民間伝承について - 副院長より19

今日は純然たる書評です。皆さん、こんにちは。副院長の森豊和です。

本を読んでいると、ごくまれにですが、この作品は僕が描いたことにならないかなあと思う作品に出くわします。最近では、第169回(2023年)の芥川賞を受賞した市川沙央さんの「ハンチバック」を読んだとき、そう思いました。

不適切な表現だと思いますが、これを書いた人は僕かもしれないと思いました。技術的な話や物語の世界観がどうとか些末な話ではなく、この人が感じていること、表現していることは、自分が感じていたとしてもおかしくない、と。日本SFの転換点とも称される伊藤計劃の「ハーモニー」、「虐殺器官」を読んだ時とも、近い感触です。

「ハンチバック」の主人公は、重度のミオパチーで身の回りのこともままなりません。物質的には狭い範囲ですが、精神的には広い範囲の物語で、そのテーマは、まず、“復讐について”だと思いました。それも、自分を抑圧し続ける世界すべてに対する復讐です。

ただし、この作品は、最終的には、復讐を肯定していない気がします。むしろ、障がい者を侮蔑するような人種への憐みの念、いや、それすら越えて、すべての、自分の可能性を無駄にして怠惰に暮らしている人間(私も当然含む)に対する慈悲さえ感じました。だから、これは神話だし、聖母マリアについての物語です。




作品を読んで、どう思うかは読者の勝手です。

市川沙央さんは、父親に最初、破廉恥な小説だと怒られたと書いていますが、私はそうは思いませんでした。
コンピューター用語や、場面転換の唐突さ、聖書からの引用とか、わけわからないという意見も出るでしょうが、それも含めての表現だし、エヴァンゲリオンのような、新たな創世記なのだとも言えます。

SF作家、神林長平の代表作「戦闘妖精・雪風」へのオマージュをしばしば指摘されていますが、「雪風」の主題のひとつが、見えない巨大な敵から人間性を凌辱され、知らない間に、徐々に剥奪されていくことだとしたら、まさに適切なサンプリング手法だと思います。

私は、純文学もサイエンスフィクション(SF)も、道具立てが異なるだけで、人間の心理的成長、内面の変化について書かれているという意味では同じだと思っています。日本で人気のある「夏への扉」は自閉的な主人公が、他者を愛することを知るまでの物語とも読めるし、タイムマシンやコールドスリープはそのための演出に過ぎない。

そもそも聖書とか、世界各地の創世記、もっと言えば、かぐや姫や浦島太郎なんて、最古のSFだと思いませんか。

優れた小説は、物語として、神話や民間伝承と同じくらいの強度を持ちうると思うのです。
今日は純然たる書評です。皆さん、こんにちは。副院長の森豊和です。

本を読んでいると、ごくまれにですが、この作品は僕が描いたことにならないかなあと思う作品に出くわします。最近では、第169回(2023年)の芥川賞を受賞した市川沙央さんの「ハンチバック」を読んだとき、そう思いました。

不適切な表現だと思いますが、これを書いた人は僕かもしれないと思いました。技術的な話や物語の世界観がどうとか些末な話ではなく、この人が感じていること、表現していることは、自分が感じていたとしてもおかしくない、と。日本SFの転換点とも称される伊藤計劃の「ハーモニー」、「虐殺器官」を読んだ時とも、近い感触です。

「ハンチバック」の主人公は、重度のミオパチーで身の回りのこともままなりません。物質的には狭い範囲ですが、精神的には広い範囲の物語で、そのテーマは、まず、“復讐について”だと思いました。それも、自分を抑圧し続ける世界すべてに対する復讐です。

ただし、この作品は、最終的には、復讐を肯定していない気がします。むしろ、障がい者を侮蔑するような人種への憐みの念、いや、それすら越えて、すべての、自分の可能性を無駄にして怠惰に暮らしている人間(私も当然含む)に対する慈悲さえ感じました。だから、これは神話だし、聖母マリアについての物語です。




作品を読んで、どう思うかは読者の勝手です。

市川沙央さんは、父親に最初、破廉恥な小説だと怒られたと書いていますが、私はそうは思いませんでした。
コンピューター用語や、場面転換の唐突さ、聖書からの引用とか、わけわからないという意見も出るでしょうが、それも含めての表現だし、エヴァンゲリオンのような、新たな創世記なのだとも言えます。

SF作家、神林長平の代表作「戦闘妖精・雪風」へのオマージュをしばしば指摘されていますが、「雪風」の主題のひとつが、見えない巨大な敵から人間性を凌辱され、知らない間に、徐々に剥奪されていくことだとしたら、まさに適切なサンプリング手法だと思います。

私は、純文学もサイエンスフィクション(SF)も、道具立てが異なるだけで、人間の心理的成長、内面の変化について書かれているという意味では同じだと思っています。日本で人気のある「夏への扉」は自閉的な主人公が、他者を愛することを知るまでの物語とも読めるし、タイムマシンやコールドスリープはそのための演出に過ぎない。

そもそも聖書とか、世界各地の創世記、もっと言えば、かぐや姫や浦島太郎なんて、最古のSFだと思いませんか。

優れた小説は、物語として、神話や民間伝承と同じくらいの強度を持ちうると思うのです。